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シェリー「デイジー B12216」
1930-45年の手描きトリオ
再出品で気付いた。「陰付け」作家だ!
シンプルだが薄陰。プレートではっきり
お洒落な縦型「ストランド」シェイプ
★送料は全国無料。クロネコヤマト便でお送りします。
★常時50点以上を出品中。まだ少数ですがフィギュリンも出品中(アンティーク、コレクション > 工芸品 > 陶芸 > 西洋陶磁 > ロイヤル・ドルトン)
★込み入ったご質問やお問い合わせは次のアドレスへメールしてください。(freeway@deluxe.ocn.ne.jp)
シェリー(Shelley)が1925から1945年までの間に製作・販売した「デイジー」のトリオ。未使用品の取り寄せ。これがLast One。
三角形に下がるピンクとブルーのデイジーをシャープに見せるために、下がり三角形の縁に小さく陰が付けられる。三角に添う線ではなく、ちょぼちょぼと横に小さくはみ出した陰で構成されている。これだけだと流石に断定は出来かねるが、ソーサーと、特にスクエアな、一番大きなデイジーの絵を見るとバッチリ陰が大きく配置されている。
クィーン・アンで各種「水墨画アレンジ」の革新的デザインを手描きし、花や風景には必ず陰を加えて陰影とか遠近感を表現する。これまた、あのシェリーの中心的作家の作である。
出品者がうっかりしていた訳ではない。この頃はまだ「陰付け作家」に注目してなかったから。今になって気付いたんです。
このカップのシェイプは「ストランド」(Strand)。この形は1930年に発表され、1940年代の半ばまで作られています。表題に掲げた製作年はこのトリオのバックスタンプが使われた時代。だから、「1930年から1945年までに作られた」と、期間が狭まります。
この作家は、新しいシェイプを最初に使い、そこのは必ず商標登録ナンバーが付きます。この「デイジー」にはそれがありませんから、何番目かの作であろう。1940年あたりではないでしょうか。
朱筆されたパターン・ナンバーは「B12216」英国でシェリーのバックナンバー表を持っている骨董商や研究家なら一発で分かることなんですが。
似た形で、ハンドルが少し違い、ややふっくらした「スペシャル」(Special)は1911年から1928年まで作られた。始まりがワイルマン時代で、まだボーンチャイナではなかったようだから、これを「ストランド」に改変したのかもしれない。
SHELLYは転写を多用したとされます。この作家のものはまだ手描きしか見ていない。ひょろっと天に向く高木などが手描きで簡単ということも考えラエルが、実は結果にうるさい手描き時代からのアーチストだから、転写は使わなかった。
この手描きは作者の手本通りに職人たちが筆を振るったんだろうと思います。かなり人気があって、大量に作られたという気配を感じるんです。
グラデーションのある「陰」というのは転写に向かない。こういうベタ塗りが転写には難しい。このトリオの「陰」は、珍しく四角形を組み合わせた形になっていますから、作者本人でなくてもこなしやすそうだ。
たっぷり顔料を乗せた花の周りに薄めの陰。陰影に差があって、陰付け効果は強め。
三角形に流れる花の絵をシャープに見せています。とてもスッキリしている。ティーにもコーヒーにもOKのヴィンテージ。
このトリオのサイズは次の通り。
カップの高さ7cm、口径8cm。ソーサーの直径13.5cm、スクエアなサイドプレートは、縦×横16cm。
★Shelleyの歴史★
シェリーの物語は、1860年頃、イギリスのスタフォードシャーにあるフォートンのロングトンとフェントンの間の大規模な陶器工場、フォーリーの所有者であるウィレム族が、素晴らしい磁器を生産するための第2の工場を建てたときから始まります。
2年後、ジョセフ・B・シェリーは、ドレスデンの製品で好評を得、ヘンリー・ワイルマンと彼の息子たちを従業員として雇用。1864年、ヘンリー・ワイルマンは死去、彼の2人の息子であるチャールズとジェームズは、2つの工場に分けます。
1870年にCharlesは引退し、Jamesは両方の企業を引き継ぐ。 彼はJoseph Shelleyをパートナーにして、Wileman&Companyとして知られるようになりました。最終的にジェームズは陶器製作に戻り、ジョセフ・シェリーが磁器製作を担当した。
Shelleyは、最高の磁器製品の製作を優れたスタッフによって可能にすることに重点を置いていました。彼は、磁器の品質を改善し、外国輸出ビジネスを構築するために働いた。 ジョセフ・シェリーは1881年に息子のパーシーを会社に雇用。パーシーは以後50年間会社を経営します。
Percyはビジネスを早く学び、最高の陶器のアーチストや石版のデザイナーを雇い入れ、製品のデザインと品質を向上させました。
人気のあるDaintyシェイプは、Rowland Morrisというアーティストの一人によって作成されました。
有名なフレデリック・リード(Frederick Rhead)がアートディレクターとして働き、最も美しいアート・ド・ティーンの作品が会社のシンボルになりました。
1910年頃、Shelleyは "Foley"(陶器地域)という名前の使用について、他の窯との法的戦いを行うが、Shelleyは敗訴。1925年に公式に「Shelley」の名前に変更。
Walter Slaterと息子のEric、Hilda Cowham、Mabel Lucie Attwellなどの有名アーチストが子ども向けに雇用されました。Shelley Styleは、おそらく1920年代から1930年代に作られたアールデコ様式でピークに達しました。
1932年、パーシー・シェリーは引退し、息子のパーシー・ノーマン、ヴィンセント・ボブ、ケネス・ジャックが引き継いだ。
第二次世界大戦の初めまでにShelley'sの陶器工場は閉鎖されました。 戦争中、貿易院は英国内陸部の生産を大幅に削減することを要求。Shelleyは引き続き輸出を盛んに行い、生産を継続。
戦後遅くにShelleyは輸出用に最高のボーンチャイナを生産し始め、海外での評判は高まり続けました。1950年代には、無数のパターンで大量のボーンチャイナが輸出され、戦争制限が解除された後、国内生産が再び拡大し始めました。
しかし、1950年代後半までには、小規模企業をより大規模なものに統合することによって、陶磁器産業は近代化し、より安価な価格で大量生産されるように。
シェリーの高価なボーンチャイナは市場シェアを急速に失います。同社は1966年にAllied Potteriesに売却されますが、Shelleyの磁器の一部の生産は、在庫がなくなるまで継続した。やがてすべてのシェリーの出荷が終了します。
ほかにもたくさん出品しています。ぜひご覧ください。
+ + + この商品説明は オークションプレートメーカー2 で作成しました + + +
No.108.001.008